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Saneyan Notes

軌跡を残す

平成25年度アドミッションセンター入試を受験して【面接編】

入試

 この記事では、AC入試の面接試験の開始前から開始後の過程を記している。なお、この記事は試験の翌日に下書きして保存しておいたものである。


 時は2012年10月10日の水曜日、午前10時半頃。私は筑波大学の3B棟の玄関付近で同大学の先輩とAC入試について話していた。内容としては、去年はどのような形態で面接が実施されたのか、試験官からどのような質問を受けたのかなどである。彼曰く、当時は5人の面接官が居たらしく、意地悪な質問を投げかけられたり、15分程で面接を終了させられるなど絶望を味わっていたらしい。だが、こういった話は以前から直接聞いていたので、既に覚悟はできていた。だから、あのとき「ショータイムだ」とか「存分に話してやるよ」とかが言えるほど、私は余裕を持っていたのかもしれない。

 

 先輩と別れた頃、時は既に10時55分を過ぎていた。大学側から「試験開始30分前には試験会場に来ること」と指示されていたので、会場に行くのには妥当な時間であった。そして私は「AC入試試験会場 国際科学オリンピック特別入試試験場」と記された縦長の看板の横を通り過ぎるように試験場へと向かっていったのである。

 

  3B棟の入り口に入ってからすぐ右にAC入試の受付があった。ここで、ブレザーの内ポケットに入れてあった受験票を5, 60代の男性の受付係に提示した。受付係は白い机の上にあった確認用紙の「田所 真幸」に黒いペンで丸く囲み、確認の完了を伝えるとともに、私を控え室(*1)へと案内した。

 

 控え室には2人の受験生が待機していた。当時は情報科学類の他に生物学類も試験を実施していたので、おそらくどちらかを受験するのだろうと思っていた。後に、1人は情報科学類(私の1つ前)、もう1人は生物学類(おそらく国際科学オリンピック特別入試)の受験生であることがわかった。(*2)

 

 控え室の黒板の中央には試験時間(*3)および注意事項が表記された紙が2枚貼られていた。左側の紙はAC入試、右側の紙は国際科学オリンピック特別入試にそれぞれ関連している。左側の紙に目を移すとそこで驚きの事実を突き付けられることになる。

 

 情報科学類の受験者数が「8名(*4)

 

 これは意外な事実であった。過去の入試結果を見るとほとんどの年度では10人以上が第一次選考を通過している。だが今年度は違っていた。また募集人数と同値であることに疑問を持たざるを得なくなった。「難易度を上げたのか?」「偶然の結果なのか?」「書類選考ですべてを決めてしまうつもりなのか?」などと様々な憶測が飛び交ったが、後にAC入試の特質からして偶然の結果であると結論付けることに至った。

 

 1人、また1人と受付係に呼び出されて控え室から退出していく。彼らとは目を合わせて、会釈しかしていないが、私は内心では「頑張ってこい!そして来年、入学式で会おう!」と応援していた。そして、控え室には私一人だけが残ることになったのだ。

 

 こうして一歩一歩、面接試験に近づいていくわけだ。壁に掛かっている時計が時を刻むごとに、心の余裕が失われていくほど不安で怖いものはない。だが、緊張を無理矢理でも抑えつつ、極力余裕を持とうとしていた。緊張してアピールできなければ、面接という貴重な場面を失うことを意味していたからである。

 

  時は11時25分頃、1人しかいない控え室の扉が開いた。そう、呼び出されるときが来たのである。

 

受付係「受験番号******の田所真幸さんですか?」

「はい。」

受付係「受験時刻の5分前になりましたので、荷物をすべて持ってください。控え室には戻れませんので。」

「ありがとうございます。」

 

 一言一言を確実に覚えているわけではないが、私の記憶では上のような会話が交わされていた。AC入試はAO入試の一種であるから、あらゆる面において総合的に評価されると思っていた。だからこそ、一つ一つの行動に対して丁寧に応対するように心がけていたのである。

 

 控え室を出て、受付係の後に従って試験室(*5)の前まで歩いた。試験室に近づくとともに、部屋から微かに声が漏れて聞こえる。面接の様子が気になっていたので受付係が言っていた言葉は詳しく覚えていない。だが「今、中で受験している人が試験室から退出しても、試験官から『どうぞ』と言われるまでは入室しないでください。」という諸注意をいただいたのは覚えている。

 

 では、まずは入室する際はどのような様子であったかを再現してみる。

 

(試験室の扉が開いた)

1つ前の受験生「ありがとうございました!失礼します!」

(この受験生は、私と目を合わせて会釈しつつ、出口に向けて歩いて行った)

面接官①「次の方どうぞ、お入りください。」

(荷物を持ち、扉付近で挨拶する)

「失礼します。」

面接官①「荷物をそこ(机)において、どうぞおかけください。」

(椅子に座る前に、さらに挨拶をする)

「お願いします。」

 

 ここで、試験室の内部と面接官について説明する。まず、部屋内のレイアウトは下図のようになっており、典型的な面接の形態であると言える。私と面接官との距離は予想以上に遠かった。だが、全員の面接官を見渡せるほどの視野を保つことはできた。

 

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 面接官は3人であった。向かって左側の面接官はアドミッションセンターの方で、中央の面接官と右側の面接官は筑波大学の准教授であった。この記事では、左側の面接官を 面接官① 、中央の面接官を 面接官② 、右側の面接官を 面接官③ と呼ぶことにする。

 

 最初は、私の緊張をほぐすかのような感じで面接が始まった。面接の内容をすべて覚えているわけがないので、あやふやな会話しか思い出すことができない。

 

面接官①「この面接はあなたがアピールする場です。肩の力を抜いて、落ち着いて話してください。」

(私のカバンを見て言った)

面接官①「荷物が多いようですが、大阪から来たのですね。」

「はい、そうです。」

面接官①「昨日はホテルで何をしていましたか?」

「・・・。たたずんでいました。」

(ここで笑いが起こった)

面接官①「では、あなたが今までやってきたこと、例えば、OSなどの最もアピールしたいところを、えっと、5分くらいで話してください。」

「え、自分が作ったOSのことですか?」

面接官①「はい。それでもかまいません。」

 

 インターネットでAC入試の面接試験について調べたことがあるが、経験者によると5分間要約があったようだ。今回の面接でも、その5分間要約を要求されたのだ。あらかじめ予測していたことだったので、焦る気持ちはなかった。私は、OSに近いプログラムを作成した他にも、Web開発や学生団体で活動したりした。だが、この5分間要約では、自分が最も話したいOSに近いプログラムについて話すことにした。もちろん、このようにしたのも正当な理由があり、それは大学ではOSに関連する研究や開発を行いたいからである。この記事では、5分間要約の内容は省略させていただくことにする。

 

  私がこの話をしている間、面接官②はうなずきながらじっと聞いていた。話すことに対して理解はしてくれていたようであった。私はその面接官の顔を見ながら様子をうかがいつつ、話を進めた。面接官②は、話を聞きながら何やらメモを取っていた。時々、「ほぉー」という表情があったりなどマイナスイメージを連想させるような状況は起きなかった。5分間要約を終えると、面接官③が質問を投げかけてきた。

 

面接官③「フォントを自作した、ということなんですが、これは、ビットマップフォントですか?」

「はい、ビットマップフォントです。1カ月ほどかけて自作しました。」

面接官②「このプログラムは、すべて独自で作ったのですか?その、ライブラリとかを使わずに?」

「そうです。すべて独自でやりました。」

 

 こういった感じで面接は順調に進んでいくはずだった。しかし、面接官②が私に対して一言疑問の声をかけた。

 

面接官②「これは、OSじゃないよね。」

「OSではなくて、DOSに近いプログラムですね。」

面接官②「いや、DOSでもファイルシステムとか・・・あるよね。」

「はい。本来はそういった機能なども付け加えていく予定だったのですが、どうしても解決しきれない点がありまして、それで、開発を中止せざるを得なくなったんです。」

 

 この間に、私の焦り度は急上昇した。しかし、相手が納得できるように説明を続けた。大まかに言えば「本来はこうするつもりでしたが、こういう理由で、こうなりました。」というニュアンスで答えたわけだ。そして「大学ではOSに関することを学んで、開発を再開させたいです。」と過去から未来へと橋を繋ぐようにしてストーリを展開させた。マイナスをプラスに持っていくという、高校の担任が言っていた方法をここで使わせてもらった。

 

 5分間要約に関する質問等が終わると、大学で取り組みたいことについて聞かれた。

 

面接官②「大学に入って、何かやりたいこととかある?」

「はい。まず第一にですが、僕は独学ですべてやってきたので、抜け目が多いんですね。なので、この抜け目をなくしていきたいです。あと、それから、大学ではWebとOSとの関係が密接になるような研究・開発をしたいと考えています。」

面接官②「それって、Chrome OSとか・・・あるよね?」

「はい。それはUbuntuをベースにしてますよね。そうではなくてこんな感じで、すべてをウェブアプリケーションにしてしまえばいいと思うんですよ。」

面接官②「え、全部ウェブアプリケーションにするの?」

「はい。(あとはいろいろと説明して)」

(面接官①が面接官②に顔を合わせて)

面接官①「確かに、そうかもしれませんね。」

面接官②「なるほどね。」

 

 このように、何とか納得してもらえるように努力した。この後は、面接官③からTwitterの日付検索サービスやLiasという学生団体SNSに関することなどを聞かれたが、難なく答えることができた。

 

  面接官①の「あと5分ありますね。」という言葉を聞いたときは「え?もうそんなに経ったの?」と思った。体感的には10分くらいだったものの、既に25分が経過していたのだ。あとの5分は面接官①のハードウェアレベルでのデバッグに関するお話を聞いたり、私からの質問に対する回答を聞いた。

 

 面接試験が終わった直後は「楽しかった」という感想しか残ってなかった。私の今までの取り組みを理解してくれたり、それについていろいろと指摘してもらったりしたことに、面接する楽しさというものを味わっていた。あと、面接という場は、自分を存分にアピールすることのできる場であるということも実感できた。それから言いたいことは一通り言った。だから悔いはない。人生初の面接であったが、この貴重な経験は、以後大切にしていきたい。


*1. 控え室の部屋番号は覚えていない。扉は青色で、真ん中にはガラスがあり、部屋の中を見ることができた。また、部屋の中は白く、前には黒板があり、2人用の机が6個とそれぞれの机に椅子が2個ずつ配置されていた。扉の反対側には大き目の窓があるが、横型ブラインドがかかっており、外から様子をうかがうことはできない状態になっていた。窓の上部が開いていたため、部屋が涼しく、時々外から人の声が聞こえていた。

*2. 受験生が出入りする試験室から察した。

*3. 私の試験時間は11:30~12:00の30分間であった。黒板に貼られていた紙から察すると、午前の部は私で最後だった。つまり午前は5人、午後は3人受験することになっていたわけだ。

*4. 先輩から聞いた情報によると、8人の受験者のうち1人はSFCのAO入試を受験するということで、今回の面接試験は辞退しているとのこと。

*5. 試験室の部屋番号は覚えていない。扉は控え室と同様の青色で真ん中にガラスがあった。しかし、白色の紙で内側から覆われていて、内部を見ることはできなかった。